2025/05/14

再突入実験機RAM Cを対象としたガス噴射による通信ブラックアウト低減の論文

論文の概要

本研究室で継続的に実施しているエアフィルム効果による通信ブラックアウトの低減化研究の成果が,Communication blackout and aerodynamic heating reduction via air film for hypersonic spacecraftとしてJournal of Applied Physicsから出版されました.本論文では1970年代に実施された再突入ミッション機であるRAM Cを対象に,ガス噴射によって通信ブラックアウトと空力加熱を同時に低減できる可能性について示しました.

宇宙機が大気圏に突入する際,その速度はマッハ25を超えることもあります.この超高速によって,機体の前には強い衝撃波が発生し,周囲の空気は高温になります.この高温が,宇宙機にとって重大な2つの問題を引き起こします.

  • 通信ブラックアウト:高温プラズマが電磁波を遮断し,地上との通信が途絶えてしまう現象です.再突入中の機体状態の把握や誘導に必須な通信ができなくなるのは大きな問題です.
  • 空力加熱:高温プラズマが機体表面付近に分布することで,機体が熱せられる現象です.機体や搭載機器を保護するために,熱防御システム(TPS)が必要になります.
これらの問題を同時に解決しようというアイディアが,今回の論文で検証されています.機体の表面からガスを噴射して,機体の周りに薄い「空気の膜(エアフィルム)」を作るというコンセプトです.このエアフィルムは,再突入の過酷な環境から宇宙機を守るバリアとして機能します.
  • 熱を防御:エアフィルムが断熱材のように作用し,高温プラズマ気流からの熱を伝えにくくします.
  • 通信の改善:噴射されたガスは周囲のプラズマより低温で,電子の数が少ない低プラズマ領域です.この領域を「通信用の窓」として使うことで,電波が通りやすくなる,つまり通信ブラックアウトを軽減できる可能性があります.
このガス噴射による方法は2つの課題に同時に対応できるため,特に小型の宇宙機にとって有効と考えています.
ガス噴射による空力加熱と通信ブラックアウトの同時低減のメカニズム.機体前方で発生する強い加熱とプラズマ気流を機体から遠ざけることで低減化を図ります.

これまでの研究では,プラズマ風洞実験などで低減効果が確かめられていましたが,実際の再突入環境とは条件が異なります.そこで本研究では,過去にNASAが行った実際の再突入実験機RAM C-Iを対象に詳細なシミュレーション(CFD解析)を行い,より現実的な環境での効果を調査しました.

宇宙機からのガス噴射によるエアフィルムの形成.機体上側にモヤモヤとしたガス層が,後方の広い範囲まで及んでいることがわかります.この空間内部を電磁波は通過可能であり,また機体表面の加熱率が低下している様子が見られます.

解析の結果,ガス噴射によるエアフィルム効果が,実際の再突入時の環境においても,通信ブラックアウトと空力加熱という2つの大きな問題を同時に低減できることがわかりました.特に機体側面からガスを噴射した場合,非常に顕著な効果が見られました.噴射された低温のガスが機体に沿って広がり,広範囲にエアフィルムを形成しました.

実用化には噴射するガス種やタイミングの最適化などさらなる検討が必要ですが,再突入という最も厳しい段階で機体を保護し,通信を維持できるこの技術は,今後の宇宙輸送や探査ミッションにおいて,機体の設計や運用に大きな柔軟性をもたらす可能性を秘めた解決策であると言えると思います.

あとがき

この手法の検討は2020年頃から始めて,風洞実験での効果実証からいよいよ再突入環境での有効性を示すまでに至りました.過去に出した論文がきっかけになったかはわかりませんが,ブラックアウト関連の研究成果を最近よく見るような気がします.本研究もその一助となればと願うばかりです.

論文

本論文は以下からアクセスできます.こちらはオープンアクセスなのでどなたでも読むことができます.

https://pubs.aip.org/aip/jap/article/137/17/174701/3345375/Communication-blackout-and-aerodynamic-heating

Takashi Miyashita, Yuji Sugihara, and Yusuke Takahashi, “Communication blackout and aerodynamic heating reduction via air film for hypersonic spacecraft”, Journal of Applied Physics, 7 May 2025; 137 (17): 174701. https://doi.org/10.1063/5.0250348


T.Miyashita

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