2025/06/13

気球実験:RERA-5

REERA-5

例年、ゴム気球を用いた薄殻型カプセルの自由飛行試験RERA (Rubber balloon experiment for reentry capsule with thin-type aeroshell) を行っています。

今回の試験では、「カプセルの振動過渡期のデータ取得」を目指して、カプセルの重心を後方に設置し、より不安定化しやすい条件下で試験を行いました。今年度は2025/6/12にRERA-5を高度25kmから投下しました。

JAXA/ISASホームページでの紹介:https://www.isas.jaxa.jp/topics/004027.html

気球実験

カプセルを自由飛行させ、そのときの姿勢データを取得する試験になりますが、カプセルは人にあたらないように海に落下させる必要があります。そのため、陸から海への風が作られる早朝(5,6時)に実験が行われます。

実験の流れとしては、下記になります。
  1. 地上で動作確認
  2. 気球で高度25kmへ
  3. 切り離して、自由飛行
  4. 着水
2以降は問題があってもほとんど何も対応できません(早急に落下させて機器が正常な内になるべくデータを得るくらい)。
そのため、2〜4にかかる2時間くらいはずっと心配しながら見守っています。こればかりは慣れません。
RERA-5カプセル(重心位置を後方に設置するため、例年より後ろの筒が長いんです…)


今回の試験では、カプセルは目論見通り回転し二点良いデータが取れました。
  • 切り離しと同時に回転するのではなく、初めの1分くらいは振動しており、ある瞬間から振動の発散に向かう過渡期データを取得できた。
  • 一度発散した後は着水まで回転が維持されていたが、その回転周期は変化していた。

詳細は学会発表等になりますが、個人的には新たな研究アイデアに繋がる良いデータが取れたと思っています。とりあえずは2025年度の宇宙科学連合で後輩君が発表してくれる予定です。

大規模な実験は準備が大変で責任も降ってきますが、その分成功したあとの快感もひとしおです。チャンスがあればぜひ!
送信されてきた姿勢データを確認するためのQuick Look画面におけるカプセル姿勢の一例(完全に回転してますね)

その他

一日の作業を終えた後は当然ながら自由です。
花火をしても良いし、公園でブランコを漕いでも大丈夫です。
四つ葉を見つけてもいいですし、野生の鹿と出会っても大丈夫です。
……たぶん。



H. Takasawa (ISAS/JAXA), 2025/06/13

2025/06/09

2025年度の気球実験:RERA-5&RERA-MAW-1

小型成層圏気球投下による剛体・柔軟エアロシェルの自由飛行実験

当研究室において2022年より継続して行っている気球実験 RERA を今年も行います。 今回は1回の実験キャンペーン中に、実験機の特性が異なる2つの自由飛行実験を目指しています。それは空気力を受けても自身の形状が変化しない「硬い(剛体)エアロシェル」と、空気力を受けたときに形状が変化する「柔らかい(柔軟)エアロシェル」です。

低弾道係数型の空力減速技術

宇宙輸送工学の大気突入分野、つまり宇宙から帰って来る方の輸送技術、において近年のトレンドのひとつは、軽量で大面積のエアロシェルを用いた低弾道係数型空力減速技術であると言えます。軽量で大きな面積、ということは面積の分だけ空気力を増加させ、しかも自身も軽いので、高い空気力によって効率的に大気突入速度を減じることが可能です。このような効果は軌道力学におけるテクニカルタームで、低い弾道係数、というので、低弾道係数型と修飾されます。

この低弾道係数型飛行を実現する技術が、剛体エアロシェルと柔軟エアロシェルです。いずれも薄い殻を利用することで軽量と大面積を両立させていますが、大きな違いは構成する材料と言えるかもしれません。剛体は主に金属を利用し、柔軟は織物を利用します。その違いが剛体・柔軟エアロシェルとして現れます。
RERA-5 (剛体エアロシェル実験機)
RERA-MAW-1 (柔軟エアロシェル実験機)

剛体エアロシェルと柔軟エアロシェルの空力動的姿勢不安定

このブログあるいは学会発表あるいはどこかのSNSなどで、たびたび述べているような気もしますが、航空機や宇宙機の姿勢安定は原則として空気力によってなされるのが特徴です。それ故、空気力による姿勢安定が取れない危険な事態に陥ることも度々あります。姿勢安定はそれ自体大きなトピックでもありますが、宇宙機である剛体・柔軟エアロシェルも例に漏れず姿勢の安定不安定は大きな関心ごとです。一方で、その挙動はまだわかってないことが多いのです。

剛体エアロシェルにおける姿勢不安定はどのように生じるのか、柔軟エアロシェルはどうなのか、両者の姿勢不安定における共通項と相違項は何なのか?という問いに答えることは、安全な大気突入技術の確保として重要なことになります。

RERA-5&RERA-MAW-1

剛体・柔軟エアロシェルにおける空力姿勢不安定を自由飛行環境によって再現し、そのメカニズム解明のデータ取得を試みる実験が、「ゴム気球を用いた剛体・柔軟エアロシェルの自由飛行実験(RERA-5&RERA-MAW-1)」です。RERA-5が剛体エアロシェル実験機で、これは2022年度から継続して行っている実験の五号機、RERA-MAW-1が柔軟エアロシェル実験機の一号機です。

いずれも実験シークエンスは同様で、北海道大樹町からカプセルを吊り下げたゴム気球を放球、高度25km付近の成層圏まで上昇ののちに実験機を投下し、自由飛行中の姿勢データなどを取得する内容です。
RERAの実験シークエンス

まとめ

例年のことではありますが、気球実験は気象条件や高層風などに強く影響されるため、実験機を準備したとしても必ず打ち上がるとは限りません。ただ、万全の準備を施して、良い風を待つ、というのは重要な姿勢であるような気もします。RERA-1からこれまで、幸いにして放球には至っていました。今年もそのようになれば良いと思います。

Y. Takahashi, 2025/06/09

2025/05/14

再突入実験機RAM Cを対象としたガス噴射による通信ブラックアウト低減の論文

論文の概要

本研究室で継続的に実施しているエアフィルム効果による通信ブラックアウトの低減化研究の成果が,Communication blackout and aerodynamic heating reduction via air film for hypersonic spacecraftとしてJournal of Applied Physicsから出版されました.本論文では1970年代に実施された再突入ミッション機であるRAM Cを対象に,ガス噴射によって通信ブラックアウトと空力加熱を同時に低減できる可能性について示しました.

宇宙機が大気圏に突入する際,その速度はマッハ25を超えることもあります.この超高速によって,機体の前には強い衝撃波が発生し,周囲の空気は高温になります.この高温が,宇宙機にとって重大な2つの問題を引き起こします.

  • 通信ブラックアウト:高温プラズマが電磁波を遮断し,地上との通信が途絶えてしまう現象です.再突入中の機体状態の把握や誘導に必須な通信ができなくなるのは大きな問題です.
  • 空力加熱:高温プラズマが機体表面付近に分布することで,機体が熱せられる現象です.機体や搭載機器を保護するために,熱防御システム(TPS)が必要になります.
これらの問題を同時に解決しようというアイディアが,今回の論文で検証されています.機体の表面からガスを噴射して,機体の周りに薄い「空気の膜(エアフィルム)」を作るというコンセプトです.このエアフィルムは,再突入の過酷な環境から宇宙機を守るバリアとして機能します.
  • 熱を防御:エアフィルムが断熱材のように作用し,高温プラズマ気流からの熱を伝えにくくします.
  • 通信の改善:噴射されたガスは周囲のプラズマより低温で,電子の数が少ない低プラズマ領域です.この領域を「通信用の窓」として使うことで,電波が通りやすくなる,つまり通信ブラックアウトを軽減できる可能性があります.
このガス噴射による方法は2つの課題に同時に対応できるため,特に小型の宇宙機にとって有効と考えています.
ガス噴射による空力加熱と通信ブラックアウトの同時低減のメカニズム.機体前方で発生する強い加熱とプラズマ気流を機体から遠ざけることで低減化を図ります.

これまでの研究では,プラズマ風洞実験などで低減効果が確かめられていましたが,実際の再突入環境とは条件が異なります.そこで本研究では,過去にNASAが行った実際の再突入実験機RAM C-Iを対象に詳細なシミュレーション(CFD解析)を行い,より現実的な環境での効果を調査しました.

宇宙機からのガス噴射によるエアフィルムの形成.機体上側にモヤモヤとしたガス層が,後方の広い範囲まで及んでいることがわかります.この空間内部を電磁波は通過可能であり,また機体表面の加熱率が低下している様子が見られます.

解析の結果,ガス噴射によるエアフィルム効果が,実際の再突入時の環境においても,通信ブラックアウトと空力加熱という2つの大きな問題を同時に低減できることがわかりました.特に機体側面からガスを噴射した場合,非常に顕著な効果が見られました.噴射された低温のガスが機体に沿って広がり,広範囲にエアフィルムを形成しました.

実用化には噴射するガス種やタイミングの最適化などさらなる検討が必要ですが,再突入という最も厳しい段階で機体を保護し,通信を維持できるこの技術は,今後の宇宙輸送や探査ミッションにおいて,機体の設計や運用に大きな柔軟性をもたらす可能性を秘めた解決策であると言えると思います.

あとがき

この手法の検討は2020年頃から始めて,風洞実験での効果実証からいよいよ再突入環境での有効性を示すまでに至りました.過去に出した論文がきっかけになったかはわかりませんが,ブラックアウト関連の研究成果を最近よく見るような気がします.本研究もその一助となればと願うばかりです.

論文

本論文は以下からアクセスできます.こちらはオープンアクセスなのでどなたでも読むことができます.

https://pubs.aip.org/aip/jap/article/137/17/174701/3345375/Communication-blackout-and-aerodynamic-heating

Takashi Miyashita, Yuji Sugihara, and Yusuke Takahashi, “Communication blackout and aerodynamic heating reduction via air film for hypersonic spacecraft”, Journal of Applied Physics, 7 May 2025; 137 (17): 174701. https://doi.org/10.1063/5.0250348


T.Miyashita

2024/12/24

ドイツ研究滞在記

2024年3月から7月の間,日本学術振興会の若手研究者海外挑戦プログラムの支援を受けて,ドイツ,ケルンにあるドイツ航空宇宙センター(DLR)に滞在していました.ここでは,滞在期間中のことをざっくりと書き残そうと思います.

DLRではこれまで継続的に行なってきた通信ブラックアウトのアーク風洞による再現とガス噴射による低減効果の実証実験を行っていました.DLRは世界有数の出力を誇るアーク風洞L2Kを備えていて,実験のスケールアップと様々な観測による現象理解を目的としています.実験写真が載せられないので,詳細は論文化した際にまたブログで紹介します.ここではドイツでの私生活の部分を中心に記そうと思います.

DLR内部の様子.
Hypersonic/Supersonic Department にお邪魔しました.

ドイツの研究滞在ビザの取得

日本のパスポートは最強なので普段の海外旅行では意識しませんが,海外での長期滞在にはビザを取得する必要があります.今回のケースではドイツでの滞在期間が90日以上ということで,研究ビザを取得することになりました.ドイツに入国後にも申請できるらしいのですが,日本にいて日本語でできるならそっちの方がオススメです.とはいえ,いろんな書類を用意して東京にあるドイツ大使館まで赴く必要があります(書類提出のほかに指紋のスキャンを取られました).意外と手間なので滞在期間が決まったらすぐに動き出すべきですね.

ドイツ大使館の入り口
中に入るにはパスポートが必要だったり周囲は大使館や教会がたくさんあったり,外国の雰囲気.

日本からケルンへ

今回の滞在先であるDLRは,1969年に設立したドイツの航空宇宙開発を行う政府機関です.本拠地はドイツ西部の街ケルンにあり,私はそこに4ヶ月間滞在することになりました.そこで,本ブログでも度々触れている,通信ブラックアウト低減に関する共同研究を行いました.

ケルンに到着したのは日本を出てから丸一日たったお昼ころでした.DLRでお世話になるボスや研究者のみなさんに挨拶を済ませ,その日はすぐに宿へ向かいました.この後,事故渋滞に巻き込まれ,到着したのは日付が変わってからというのはまた別のお話.


飛行機から見下ろすドイツ・ケルンの街並み

DLRでの研究滞在

DLRでの1日は朝8時半に出勤するところから始まります.9時くらいに同年代のPhD学生と一緒にコーヒーを飲み,研究活動を始めます.やるべきことは実験準備や数値解析,書類仕事,日本に置いてきたはずの諸々など,普段の研究室生活と同じような感じです.

11時半になったら昼食をみんなで社員食堂に食べに行きます.ドイツ語メニューがよく分からなかったので,いつも勘で注文していました.ドイツ食だけでなく,パスタやご飯ものなど,いろんな国の料理が日替わりで楽しめました.どんなに寒くても外の席で食べる派閥に仲間入りしてお昼を一緒に食べてました.残念ながら研究関係の写真は載せられないので,食堂のお昼メニューを紹介します.

リゾット的なのとパンのセット,炭水化物×炭水化物は世界共通.

昼食後はコーヒー休憩を挟みつつ,だいたい18時ころまで作業し,帰宅します.帰り道のスーパーで買い物をして,夜は専ら自炊をしていました.フライパンでパンを焼く時は意外とすぐに黒焦げになって煙があがって火災報知器が鳴るので注意しましょう(1敗).いくら安いからといってブルーベリーを1日に500g食べると具合が悪くなります(1敗).Asian Tasteと書いた商品はたいてい不思議な味がします,気をつけましょう(n敗).

休日の過ごし方

休日はドイツのいろんなところに観光に行ってきました.ドイツの鉄道はコロナ禍をきっかけに鉄道乗り放題パス(49ユーロチケット)が旅行者でも簡単に取得できるので,あちこち国内移動するには便利です.ドイツは畑や牧草地体も多く,気候も北海道と似ていてとても過ごしやすく感じました.旅行写真をいくつかお裾分けします.



ミュンヘンにあるドイツ博物館の流体解析に関する展示.
ドイツ語で何と書いているかは読めませんが,何が書いてあるかは分かる不思議.

デュッセルドルフの河川敷で放し飼い状態の羊とヤギ.
暑いのか木陰から出てきませんね.


ボンの気球フェスティバル.
のはずが,強風のためクレーンに吊るされて上下させられる可哀想な気球.


国境沿いのモンシャウの街並み.
山奥にある,いかにもヨーロッパ的な綺麗な建物が連なる街.

隣国ルクセンブルクにあるルクセンブルク大学(盧大?)に研究室訪問.
遠く離れた土地にいる近い分野の研究者とのお話は貴重で有意義な経験でした.


おわりに

今回のように大学の外に単身で飛び出してみる経験は研究だけでなく人生経験としても貴重だったと振り返ってしみじみ思います.実験や議論も大事ですが,同じような年齢の研究者にたくさん出会えたことが何よりの収穫でした.出発前は不安も大きかったですが,なんとかなるもんですね.迷わず行けよ,行けばわかるさとはよく言ったものです.
いろんな幸運と偶然が繋いでくれたご縁を大事に,研究成果として還元できるよう,まずは論文執筆に向けて頑張りたいと思います.それでは論文解説回へつづく...といいな.

T. Miyashita

2024/10/02

博士課程の過程(2024年度 STL研究室 卒業生)


 博士課程の卒業にあたり,「博士課程に進学するか否か迷っている方」「博士課程はどうだった?」「卒業後の進路は?」という点について,過去の自分自身が知りたそうなことを簡単に記載しておきます.


1. 博士課程に進学するか否か迷っている方へ

 「人には人の博士課程があるので,様々な人に実際に話を聞きに行くべき」

 博士進学を悩んでいるということは,研究をしたいが博士課程の不安(進路やお金等々)があるのではないでしょうか?

 修士から博士に進学した人,社会人を経験してから大学に戻ってきた人,社会人ドクター,博士は持っていないが会社で研究職についている人など,研究を続ける方法は複数あります.

 そして,それぞれの人の理由が合って研究しているはずなので,話を聞いて自分に合った方向性を探すのが良いと思います.


 自分は「研究をしたい」だったので,修士の就活時に研究職にアプローチしていました.そこがだめだったこともあり,博士課程の方で研究しようということで進学しました.「研究をしたい」を満たせたので僕としては悪い選択肢ではなかったです.


2. 博士課程はどうだった?

 楽しかった.(生存バイアス)

 JAXAの研究室にも半分所属していたおかげで,ロケット実験や気球実験の手伝い・見学に行け,さらに博士課程の間に自身の気球実験も実施できました.併せて,研究室外の先生と議論できる機会が格段に増え,自分の内側を広げられるよい機会でした.

 だからこそ,留学などもっと自分の知らない世界に飛び出せばよかったというのもあります.

 
 博士課程の大変さ(金銭面,体力面,精神面)については,ネットに落ちている情報通り,きつい面がありました.博士課程がつらいといわれるのも納得です.

 運の影響が大きい点も多々ありますが,周りのサポート(後輩くん,実験手伝ってくれてありがとう)もあって,自分は良い思い出にできたという現状です.

  

3. 博士卒業後の進路は?

 研究ができることを目指し,JAXAの方でポスドクをします.
 民間の就活ほど数は多くないですが,アカデミアのポスト(助教,ポスドク)を探して,自身の研究テーマを発展させれそうなところを選択しました.結果として受けなかったものもありますが,応募できるポストは何個かあったので,そこまで不安はありませんでした.

 ただ,アカデミアの就活時期が基本的に遅いので(8-11月),「失敗したら民間に行けばいいや」とはいかない面は覚悟する必要があります.

 自分の周りでは,これまでの伝手(共同研究先,インターン先,先生の知り合い)で一本釣りする方が多い印象です.



4. 結言

 「迷っているなら博士に行くな」というのはその通りですが,迷って悩んで考えた末に覚悟をもって博士課程に進学すれば問題ありません.

 

 僕はこの研究室を卒業しますが,良い先生方がいるので悩んでいるのであればお話をしてみてください.

 それでは,良いドクターライフを!


H. Takasawa

2024/09/25

2024/08/21

超小型衛星の実測GNSSデータに基づく機械学習を用いた地球超低軌道の大気密度推定の論文

投稿論文 ”Atmospheric density estimation in very low Earth orbit based on nanosatellite measurement data using machine learning” が Aerospace science and technology にアクセプトされました.本論文では,超小型衛星が地球超低軌道(高度100—400 km)にて取得したGNSS測位データから,軌道解析と機械学習を用いて大気密度を推定する手法を構築しました.また実際にフライトした超小型衛星EGGのデータに手法を適用し,EGGの経験した大気密度の推定を行いました. 


論文の概要

地球超低軌道は今後の人工衛星ミッションにおけるフロンティアです.従来地球を観測する人工衛星が運用されてきたのは高度500 km—数万km の領域です.ISS(国際宇宙ステーション)が滞在する高度400 kmより低高度の,地球超低軌道を利用できれば,観測の高精度化などが期待できます.人工衛星の誘導制御,寿命予測のためには,大気密度が正確にわかる必要がありますが,この高度帯における観測データが限られており,既存の大気モデルでは大気密度の正確な予測,再現ができていません.本研究ではこの領域における新たな大気密度推定手法として EGGという超小型衛星が実測した間欠的なGNSS測位データから機械学習的なアプローチにより大気密度を推定する手法を構築しました.

図1に手法の概念図を示しています.本手法ではまず,超小型衛星の取得した間欠的なGNSSデータからガウス過程回帰により軌道の再構築を行います.その軌道(以下,再構築軌道)を軌道解析により再現する過程で、大気モデル(NRLMSISE-00)により計算した大気密度を補正します.軌道解析の入力のうち,間欠的なGNSSデータからは求まらない速度ベクトルと,推定対象である大気密度の補正係数を,パラメータ探索手法であるベイズ最適化とグリッドサーチにより様々に試行し,再構築軌道を再現できる値の組を求めます.ベイズ最適化によりざっくりと最適と思われる値を求め,グリッドサーチによりその周辺をより詳細に,網羅的に試行します.

図 1 大気密度推定手法の概念図 [1]

構築した手法をEGGの実測データに適用した結果を図2に示しています.これはEGGのGNSSデータのうち,高度250—220 km のものを対象に軌道再構築をし,軌道解析の入力のグリッドサーチを行った結果です.横軸の値が大気モデルの補正係数であり,モデルの値を何倍にして軌道解析で用いたかを表しています.縦軸は再構築軌道からのズレの時間平均を表しています.補正係数=0.5のとき軌道のズレが最小になっていることから,EGGがこの高度帯で経験した大気密度は,大気モデルの値のおよそ半分だったのではないか,という推定結果が得られました.

図 2 高度250—220 kmの再構築軌道に対するグリッドサーチの結果 [1]


あとがき
この論文は私にとって最初のジャーナル論文です.様々な困難がありましたが,出版まで漕ぎつけることができ,大変うれしく思っております.指導教員である高橋先生から日頃よりご指導いただき,研究室の先生方,先輩方,JAXAや他大学の先生方にもお支えいただきました.感謝申し上げます.


シェアリンク経由ですと,2024/9/17まではどなたでも無料でダウンロードいただけます!

  1. T. Sakai and Y. Takahashi, “Atmospheric density estimation in very low Earth orbit based on nanosatellite measurement data using machine learning”, Aerospace Science and Technology, Volume 153, 2024.

Share link (9/17まで有効): https://authors.elsevier.com/a/1jVxn4W%7EzJG95q
Link: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1270963824005492


T.Sakai 2024/08/21

2024/07/23

RERA-4実験報告

 RERA-4

当研究室では2022年度から毎年、ゴム気球を用いた新型大気圏突入カプセルの飛行試験: RERA(Rubber balloon experiment for reentry capsule with thin-type aeroshell)のシリーズを実施しています。質量特性の異なるカプセルを高度25㎞から投下して自由飛行中の姿勢挙動を取得して姿勢不安定現象の解明を目指すものです。詳しくはこちらをご覧ください。今年度は7/43年目4機目となるRERA-4 を放球しました。

 

JAXA/ISASホームページでの紹介:https://www.isas.jaxa.jp/topics/003780.html


 気球実験

実験は北海道大樹町の大樹航空宇宙実験場で実施しました。放球は朝に行われます。朝2時にホテルを出発して作業を開始し、動作確認等を完了した後に放球という流れです。放球後はやれることは何もないので送られてくる機体のデータを見守り続けます。

大きな問題も発生せずカプセルは予定高度まで達して切り離しが行われ、放球から約2時間に無事に着水しました。有用なデータが取得できましたので今後詳しい解析を進めていきたいと思います。

 

朝日に照らされるRERA-4カプセル(左)と上昇中の様子(右)

その他

空いた時間に襟裳岬に行きました。襟裳岬は日本最大のゼニガタアザラシの生息地として有名です。昨年行った時は霧がひどくアザラシを見ることは叶いませんでしたが、今年は遠くに3頭ほど見ることができました。かわいい。

襟裳岬

T.Yoshio

気球実験:RERA-5

REERA-5 例年、ゴム気球を用いた薄殻型カプセルの自由飛行試験RERA (Rubber balloon experiment for reentry capsule with thin-type aeroshell) を行っています。 今回の試験では、「カプセルの振動過渡期の...