2024/10/02

博士課程の過程(2024年度 STL研究室 卒業生)


 博士課程の卒業にあたり,「博士課程に進学するか否か迷っている方」「博士課程はどうだった?」「卒業後の進路は?」という点について,過去の自分自身が知りたそうなことを簡単に記載しておきます.


1. 博士課程に進学するか否か迷っている方へ

 「人には人の博士課程があるので,様々な人に実際に話を聞きに行くべき」

 博士進学を悩んでいるということは,研究をしたいが博士課程の不安(進路やお金等々)があるのではないでしょうか?

 修士から博士に進学した人,社会人を経験してから大学に戻ってきた人,社会人ドクター,博士は持っていないが会社で研究職についている人など,研究を続ける方法は複数あります.

 そして,それぞれの人の理由が合って研究しているはずなので,話を聞いて自分に合った方向性を探すのが良いと思います.


 自分は「研究をしたい」だったので,修士の就活時に研究職にアプローチしていました.そこがだめだったこともあり,博士課程の方で研究しようということで進学しました.「研究をしたい」を満たせたので僕としては悪い選択肢ではなかったです.


2. 博士課程はどうだった?

 楽しかった.(生存バイアス)

 JAXAの研究室にも半分所属していたおかげで,ロケット実験や気球実験の手伝い・見学に行け,さらに博士課程の間に自身の気球実験も実施できました.併せて,研究室外の先生と議論できる機会が格段に増え,自分の内側を広げられるよい機会でした.

 だからこそ,留学などもっと自分の知らない世界に飛び出せばよかったというのもあります.

 
 博士課程の大変さ(金銭面,体力面,精神面)については,ネットに落ちている情報通り,きつい面がありました.博士課程がつらいといわれるのも納得です.

 運の影響が大きい点も多々ありますが,周りのサポート(後輩くん,実験手伝ってくれてありがとう)もあって,自分は良い思い出にできたという現状です.

  

3. 博士卒業後の進路は?

 研究ができることを目指し,JAXAの方でポスドクをします.
 民間の就活ほど数は多くないですが,アカデミアのポスト(助教,ポスドク)を探して,自身の研究テーマを発展させれそうなところを選択しました.結果として受けなかったものもありますが,応募できるポストは何個かあったので,そこまで不安はありませんでした.

 ただ,アカデミアの就活時期が基本的に遅いので(8-11月),「失敗したら民間に行けばいいや」とはいかない面は覚悟する必要があります.

 自分の周りでは,これまでの伝手(共同研究先,インターン先,先生の知り合い)で一本釣りする方が多い印象です.



4. 結言

 「迷っているなら博士に行くな」というのはその通りですが,迷って悩んで考えた末に覚悟をもって博士課程に進学すれば問題ありません.

 

 僕はこの研究室を卒業しますが,良い先生方がいるので悩んでいるのであればお話をしてみてください.

 それでは,良いドクターライフを!


H. Takasawa

2024/09/25

2024/08/21

超小型衛星の実測GNSSデータに基づく機械学習を用いた地球超低軌道の大気密度推定の論文

投稿論文 ”Atmospheric density estimation in very low Earth orbit based on nanosatellite measurement data using machine learning” が Aerospace science and technology にアクセプトされました.本論文では,超小型衛星が地球超低軌道(高度100—400 km)にて取得したGNSS測位データから,軌道解析と機械学習を用いて大気密度を推定する手法を構築しました.また実際にフライトした超小型衛星EGGのデータに手法を適用し,EGGの経験した大気密度の推定を行いました. 


論文の概要

地球超低軌道は今後の人工衛星ミッションにおけるフロンティアです.従来地球を観測する人工衛星が運用されてきたのは高度500 km—数万km の領域です.ISS(国際宇宙ステーション)が滞在する高度400 kmより低高度の,地球超低軌道を利用できれば,観測の高精度化などが期待できます.人工衛星の誘導制御,寿命予測のためには,大気密度が正確にわかる必要がありますが,この高度帯における観測データが限られており,既存の大気モデルでは大気密度の正確な予測,再現ができていません.本研究ではこの領域における新たな大気密度推定手法として EGGという超小型衛星が実測した間欠的なGNSS測位データから機械学習的なアプローチにより大気密度を推定する手法を構築しました.

図1に手法の概念図を示しています.本手法ではまず,超小型衛星の取得した間欠的なGNSSデータからガウス過程回帰により軌道の再構築を行います.その軌道(以下,再構築軌道)を軌道解析により再現する過程で、大気モデル(NRLMSISE-00)により計算した大気密度を補正します.軌道解析の入力のうち,間欠的なGNSSデータからは求まらない速度ベクトルと,推定対象である大気密度の補正係数を,パラメータ探索手法であるベイズ最適化とグリッドサーチにより様々に試行し,再構築軌道を再現できる値の組を求めます.ベイズ最適化によりざっくりと最適と思われる値を求め,グリッドサーチによりその周辺をより詳細に,網羅的に試行します.

図 1 大気密度推定手法の概念図 [1]

構築した手法をEGGの実測データに適用した結果を図2に示しています.これはEGGのGNSSデータのうち,高度250—220 km のものを対象に軌道再構築をし,軌道解析の入力のグリッドサーチを行った結果です.横軸の値が大気モデルの補正係数であり,モデルの値を何倍にして軌道解析で用いたかを表しています.縦軸は再構築軌道からのズレの時間平均を表しています.補正係数=0.5のとき軌道のズレが最小になっていることから,EGGがこの高度帯で経験した大気密度は,大気モデルの値のおよそ半分だったのではないか,という推定結果が得られました.

図 2 高度250—220 kmの再構築軌道に対するグリッドサーチの結果 [1]


あとがき
この論文は私にとって最初のジャーナル論文です.様々な困難がありましたが,出版まで漕ぎつけることができ,大変うれしく思っております.指導教員である高橋先生から日頃よりご指導いただき,研究室の先生方,先輩方,JAXAや他大学の先生方にもお支えいただきました.感謝申し上げます.


シェアリンク経由ですと,2024/9/17まではどなたでも無料でダウンロードいただけます!

  1. T. Sakai and Y. Takahashi, “Atmospheric density estimation in very low Earth orbit based on nanosatellite measurement data using machine learning”, Aerospace Science and Technology, Volume 153, 2024.

Share link (9/17まで有効): https://authors.elsevier.com/a/1jVxn4W%7EzJG95q
Link: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1270963824005492


T.Sakai 2024/08/21

2024/07/23

RERA-4実験報告

 RERA-4

当研究室では2022年度から毎年、ゴム気球を用いた新型大気圏突入カプセルの飛行試験: RERA(Rubber balloon experiment for reentry capsule with thin-type aeroshell)のシリーズを実施しています。質量特性の異なるカプセルを高度25㎞から投下して自由飛行中の姿勢挙動を取得して姿勢不安定現象の解明を目指すものです。詳しくはこちらをご覧ください。今年度は7/43年目4機目となるRERA-4 を放球しました。

 

JAXA/ISASホームページでの紹介:https://www.isas.jaxa.jp/topics/003780.html


 気球実験

実験は北海道大樹町の大樹航空宇宙実験場で実施しました。放球は朝に行われます。朝2時にホテルを出発して作業を開始し、動作確認等を完了した後に放球という流れです。放球後はやれることは何もないので送られてくる機体のデータを見守り続けます。

大きな問題も発生せずカプセルは予定高度まで達して切り離しが行われ、放球から約2時間に無事に着水しました。有用なデータが取得できましたので今後詳しい解析を進めていきたいと思います。

 

朝日に照らされるRERA-4カプセル(左)と上昇中の様子(右)

その他

空いた時間に襟裳岬に行きました。襟裳岬は日本最大のゼニガタアザラシの生息地として有名です。昨年行った時は霧がひどくアザラシを見ることは叶いませんでしたが、今年は遠くに3頭ほど見ることができました。かわいい。

襟裳岬

T.Yoshio

2024/06/30

ゴム気球を用いた新型大気圏突入カプセルの飛行試験: RERA-4

RERA2024

今年度も2022年度RERA-12023年度のRERA-2,-3に引き続きゴム気球を用いた新型大気圏突入カプセルの飛行試験: RERA-4(Rubber balloon Experiment for Reentry capsule with thin-type Aeroshell)を予定しています。直径80㎝のフルスケールのカプセルを高度25㎞から投下し、自由飛行中の姿勢挙動を取得します。今までのフライト実験では重心位置・慣性モーメントをそれぞれ変更した機体で実験を行いましたが、結果はどれも安定的な飛行でした。今回のRERA-4では重心位置をさらに大きく後ろにすることで動的な不安定現象を再現することを狙っています。 

RERA-3放球時

機体設計

カプセルの機体設計では重心位置が姿勢の不安定化に対して重要なパラメータの1つになっています。基本的に重心位置が後方にあると不安定化しやすく、今回のRERA-4では不安定現象の再現のために重心位置をRERA-1,-2,-3よりも後方に位置させます。設計の目標重心位置は遷音速風洞試験や落下試験の結果を受けて決定しました。図を見ていただくとRERA-4RERA-2と比べて円筒部が長くなっているのがわかると思います。円筒部を長くし搭載機器を後ろにずらすことで重心位置を下げています。

RERA-2(左)とRERA-4(右)

神頼み

実験準備のために456月は相模原の宇宙科学研究所に来ていました。機体の製作と各種試験を実施し、無事に出来上がった実験機の発送を完了しました。ここまで来たらできることは祈ることのみで、宇宙科学研究所の近くの神社と北大近くの神社の2か所に成功祈願のお参りに行ってきました。今年こそ無事にくるくると不安定化してほしいです。

宇宙科学研究所近くの新田稲荷神社(左)と北大近くの札幌諏訪神社(右)


T. Yoshio, 2024/06/30





2024/06/04

機械学会若手優秀講演フェロー賞を受賞しました

 2023年9月に行われた日本機会学会年次大会にて,「ISAS 1MW アーク加熱風洞でのガス噴射による通信ブラックアウト低減化研究」というタイトルで発表しました.その発表が評価されまして,このたび「機械学会若手優秀講演フェロー賞(宇宙工学部門)」をいただきました.

機械学会年次大会での発表
 
2023年の学会は,東京都立大学南大沢キャンパスで開催されました.富山大学で開催された2022年の年次大会に続いて2年連続2回目の参加でした.今回の発表内容はISAS アーク風洞での実験と数値解析を合わせたもので,風洞内部でのシュリーレン撮影に成功したことを報告しました.
 学会では何度も参加するうちに顔なじみの先生方とお会いするようになり,発表の前後に楽しいお話ができました.これが対面開催の学会の醍醐味ですよね.研究や発表内容に関することだけでなく,人とのつながりも深まる場として,充実した時間を過ごすことができました.

そして受賞!
 発表からおよそ1ヶ月後に,こちらの賞の受賞の連絡をいただきました.この賞は若手研究者を対象としたもので,その年の機械学会関連の学会において優れた発表をした人に送られます.後日いただいた賞状や受賞楯には次のような立派な文言がありました.
 「あなたの上記講演は 内容が有益で新規性があり また発表の態度に優れ 若手研究者として将来の発展が期待されますので(以下略)」
 このように評価していただけるのは光栄で,恐縮するばかりです.フェロー賞という名前や,「将来の発展が期待される」という言葉が印象的で,宇宙工学部門の研究者の末席に仲間入りできたのかなと感じています.
 この受賞は,私一人では成し得なかったことです.研究を支えてくれた研究室メンバーやご指導いただいた先生方に心から感謝しています.みなさんのサポートがあってこその成果と感じています.この受賞を励みに,さらなる成果を目指してまいりますので,どうぞよろしくお願いいたします.

T. Miyashita

2024/06/01

1軸自由振動の新たなモデリング手法の提案 in Mechanical Engineering Journal

 投稿論文Dynamic instability modeling on phase plane for thin aeroshell capsule with pitching motion at transonic speedMechanical Engineering Journalにアクセプトされました.本論文では, Ma1.3の遷音速流れ場における1軸自由振動時の薄殻エアロシェル型カプセルの挙動について評価しています.また,薄殻エアロシェル型カプセルにおける運動挙動に対し新たなモデリング手法を提案しています.

 

Abstract

 将来的により遠方の土星圏を対象としたサンプルリターンが計画されており,そのカプセルとして薄殻エアロシェル型カプセルが提案されています.本カプセルの動的な挙動に着目するためにJAXA/ISASの遷音速風洞を用いて1軸自由振動試験が実施されました.また,慣性モーメントがどのような影響を及ぼすかについて評価しました.



遷音速風洞における1軸自由振動時の瞬時シュリーレン画像 [1]

 Ma1.3の遷音速域においては,一定の振幅で振動を続けるリミットサイクル現象が確認されました.また,慣性モーメントによりリミットサイクル時の振幅が変化しました.この慣性モーメントの影響を予測するために,振動履歴をモデリングしていきます.ここでは横軸迎角,縦軸角速度の相平面を描き,各加速度履歴を色分けしプロットします.

相平面プロット結果の一例 [1]

履歴としては円を描くように振動しますが,ここでは縦にプロットが並ぶ加速度履歴を再現するようにモデリングしました.これにより振動の成長期も含むモデリングが可能となります.この新たなモデルはある一つの結果から別の慣性モーメントの結果を定性的に予測することができました.また,相平面履歴からはやぶさ型カプセルと異なる運動メカニズムである可能性が示唆されました.

新たなモデルを用いた予測結果 [1]

 

新たなモデリング手法に至った経緯

 1軸の回転運動方程式は,二階微分方程式となります.これら方程式の係数が定数ではなく変数となります.ここで,そもそも二階微分方程式は現状どこまで一般化されているのか,どのような評価手法により二階微分方程式の特徴が考察されているかなど,物理よりも数学の分野に足を踏み入れたおかげで新しいモデリング手法を考えることができました.実際に実験結果と予測結果が定性的に一致したときは脳内麻薬がすごかったです.ありがとうございます.

 本論文のURLは下記の通りです.オープンアクセスです.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/mej/advpub/0/advpub_24-00053/_article/-char/en

[1] Takasawa, H., Fujii, T., Hirata, K., et al., Dynamic instability modeling on phase plane for thin aeroshell capsule with pitching motion at transonic speed, Mechanical Engineering Journal, Article ID 24-00053, Advance online publication May 31, 2024, Online ISSN 2187-9745.

 

H. Takasawa

2024/06/01

 

2024/05/23

エアフィルム効果によるブラックアウト低減実験の論文

以前からこちらのブログでも紹介していた,エアフィルム効果による通信ブラックアウトの低減に関する実験(リンク:https://highenth.blogspot.com/2023/12/isas-5.html )の成果が, Mitigation of Reentry Blackout via Gas Injection in Arc-heated Facility としてJournal of Physics D: Applied Physicsにアクセプトされました.本論文では,ガス噴射による通信ブラックアウト低減効果について,数値解析と風洞実験を活用して議論しています.

論文の概要

通信ブラックアウトは大気圏に突入する際に,カプセルと地上局との通信が途絶する現象のことで,カプセルの観測データや位置情報が一時的にモニターできなくなります.これは高速で飛行するカプセル前方に生じる強い衝撃波によって生成したプラズマによって通信電磁波が減衰・遮蔽されることによって生じます.通信ブラックアウトを低減することは宇宙輸送技術の安全性や宇宙環境利用ミッションの柔軟性向上の観点から重要です.
  大気圏再突入時に生じる別の課題として,空力加熱現象があります.衝撃波によって高温になった周辺気体のため宇宙機が加熱され,内部の機器や採取したサンプルに深刻なダメージが及ぶ恐れがあります.

図 1:大気突入時の宇宙機に生じる通信ブラックアウト現象 [1]

  ここで対象としているガス噴射によるエアフィルムの形成という手法は,この2つの課題に同時に対処できる可能性があります.噴射したガスが宇宙機の表面に薄く広く分布することで,その内部が電磁波の伝播経路の役割を果たし,通信を可能にします.また,高温プラズマガスと宇宙機との間で断熱層として作用し,機体への熱の侵入を防ぎます.
  本論文では,おもに通信ブラックアウト低減効果について風洞実験と数値解析によって示しています.アーク加熱風洞内部で行なった通信試験および対応する数値解析により,噴射したガスがエアフィルム層を形成すること,その内部はプラズマが少なく電磁波が伝播できること,実際にガス噴射によって通信が改善されることが明らかになりました.数値解析によって加熱率の低減効果も示唆されたため,今後は空力加熱への対策としても研究を展開するのも面白いかもしれません.

図 2:ガス噴射による低プラズマ領域の形成 [1]
あとがき
 今回で私が論文を出版したのは2回目です.数値解析だけの1回目と違って今回は実験結果も含まれるので,この低減手法に関する議論を深化させることができたかと思います.実験と数値解析は研究の両輪であり,組み合わせることで説得力のある研究となるのだと感じました.両方やる分たくさん失敗もしましたが,学ぶことも多くありました.

論文

 本論文は以下から確認できます.

  1. T. Miyashita, Y. Sugihara, Y. Takahashi, Y. Nagata, and H. Kihara, “Mitigation of reentry blackout via gas injection in arc-heating facility”, Journal of Physics D: Applied Physics, 2024. https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1361-6463/ad4718#sidr-main

T. Miyashita



博士課程の過程(2024年度 STL研究室 卒業生)

 博士課程の卒業にあたり,「博士課程に進学するか否か迷っている方」「博士課程はどうだった?」「卒業後の進路は?」という点について,過去の自分自身が知りたそうなことを簡単に記載しておきます. 1. 博士課程に進学するか否か迷っている方へ  「人には人の博士課程があるので,様々な人に...